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おしん 137~139回 自立編

(1983日)

大正13年(1924)梅雨となり、8か月の身重の身だったが、おしんは田植えに出た。
清によれば、出産の前日まで働くのが農家の嫁としては当然のことだった。


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が、さすがに舅の大五郎や長男の福太郎は、おしんの働きを認め、
お札を竜三に渡した。


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山形の母から、おしめが届く。
右手の使えないおしんにとっては、
それを知らない母の優しさが身に染みた。


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昭和58年(1983)83歳のおしんは、田倉家を通り過ぎた。
伊勢から家出したおしんは、まず山形に行き、次に上野だったが、
いつのまにか佐賀まで来ていた。
伊勢の田倉を無視する形だったのでしょう。


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NHKオンデマンド おしん 137~139回 自立編


去ろうとしたが、そこへ70過ぎの老人と孫がいた。
おしんは挨拶した。

福太郎の長男の佐太郎だったが、当時は10歳位で、おしんとは気づかなかった。





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