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おしん 149~151回 自立編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)秋、髪結いの師匠宅を訪ねたおしんだったが、
手が使えず、別の仕事を探していた。


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そこへ、健さんに露店での商売をやってみないかと誘われる。
成功すれば100円、失敗すれば女郎へ売る、との約束におしんは乗った。


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店を見に行くと、優を皆がかわいがってくれた。


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師匠のたかは、おしんが側にいることを望んだが、
おしんにとっては、手の動かない自分が居る場所と思えず、
健さんに頼んで探してもらった安いところに住むことになった。
師匠は哀しかったが、笑顔で送り出す。


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おしんは、工夫を重ね、評判を得、大正14年(1925)を迎えた。

竜三に手紙を書く。
が、姑の検閲により、竜三はおしんが勝手に楽しく暮らしていると疑い始めた。



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NHKオンデマンド おしん 149~151回 自立編


健さんの親切に随分助けられたが、
ある時、健さんの妻が怒鳴り込んできた。

完全な善意での親切に甘えていたが、奥さんを傷つけることになった。





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おしん 146~148回 自立編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)秋、篤子が愛を出産し嫁ぎ先に帰った翌日、
おしんは田倉家を去った。


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長兄の福太郎は餞別を渡した。
合理主義者でもあり、労働に対する対価という面もあったのでしょう。
大五郎も竜三に渡していた。


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源じいの墓で待っていると、恒子が優を連れ出してくれた。
姑の清に疑われ、竜三に感謝されたが、シラを切った。


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当時、佐賀から東京へは3日かかったそうだ。


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髪結いの師匠を訪ね、笑顔で歓迎される。うな重を注文してくれた。
が、鈍感だった師匠は、食べる段階になっておしんの口から事情を聞くまで
何も気づかなかった。

翌日、師匠の髪を結おうとしたが、手が動かず無理だった。


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NHKオンデマンド おしん 146~148回 自立編


佐和を訪ねる。料理屋での住み込みだったが、
子どもがいれば無理だった。
佐和は以前に貰った東京行きの金30円を返した。

おしんに多少の恩がある者たちは無下にはしないが、
いつまでも甘える訳にはいかなかった。





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おしん 143~145回 自立編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)秋、篤子は無事に出産。おしんは死産に沈んだ。


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篤子の乳が出ないため、おしんがあげることになった。
これを機に姑は急に優しくなり、篤子は嫌がったが、
篤子の子の名前に、おしんが決めていた「愛」を付けるほどだった。


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しばらくして佐和から手紙が届いた。達筆だった。
出産の祝いの言葉もあったが、佐和の善意は度々おしんを傷つける。


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33日目のお宮参りが済み、篤子は嫁ぎ先へ戻った。
おしんは死産の時点で出ることを決意していたが、
愛に乳をあげる役目が終えた日、竜三に話す。
竜三の同意を得れなかったが、おしんはお暇の挨拶をする。
優を連れていくことにお清は反対し、勝手に一人で出ていけとした。


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その晩、おしんの苦労を知り、己の無力と責任を感じていた竜三は詫びた。
時機が来たらまた共に暮らそうと言う。
それがおしんの救いだった。


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NHKオンデマンド おしん 143~145回 自立編


翌朝、恒子が姑の隙を見て優を連れ出し、源じいの墓で待ってるよう、
言ってくれた。真意を測りかねたおしんだった。

おしんへの同情と姑を泣かせたかったのでしょう。
が、不機嫌の矛先が自分らに向くことを引き受けたということだった。




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おしん 140~142回 自立編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)、秋になり出産間近となり、
おしんは、田倉家近くの小屋へ移った。


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さすがに、竜三が積極的に掃除した。


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篤子の出産となるが、難産で、夜中、竜三は医者を呼びに行った。
その間に、おしんも陣痛となり産婆を呼ぼうとするも、
台風の中、倒れ気絶してしまった。


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篤子は無事出産し、おしんは死産だった。
が、姑は、近所の者と喜び酒宴を催した。


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眠りから覚めたおしんは、女の子を産んだと思い込んでいた。
竜三は自分の口で言えず、大五郎が伝えた。



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NHKオンデマンド おしん 140~142回 自立編


が、おしんは受け入れることができず、
女の子の名前を「愛」と決め、出産を喜ぶ。

竜三は、いたたまれなかったが、
夜中、おしんのことを確認せずに医者を呼びに行った自分を責めた。





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おしん 137~139回 自立編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)梅雨となり、8か月の身重の身だったが、おしんは田植えに出た。
清によれば、出産の前日まで働くのが農家の嫁としては当然のことだった。


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が、さすがに舅の大五郎や長男の福太郎は、おしんの働きを認め、
お札を竜三に渡した。


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山形の母から、おしめが届く。
右手の使えないおしんにとっては、
それを知らない母の優しさが身に染みた。


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昭和58年(1983)83歳のおしんは、田倉家を通り過ぎた。
伊勢から家出したおしんは、まず山形に行き、次に上野だったが、
いつのまにか佐賀まで来ていた。
伊勢の田倉を無視する形だったのでしょう。


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NHKオンデマンド おしん 137~139回 自立編


去ろうとしたが、そこへ70過ぎの老人と孫がいた。
おしんは挨拶した。

福太郎の長男の佐太郎だったが、当時は10歳位で、おしんとは気づかなかった。





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おしん 135~136回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)、佐賀の田倉家の生活は厳しかった。
「同じ家で同時期のお産はどちらかが欠ける」との迷信で、
姑はおしんに出ていくよう画策する。


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長男の福太郎に嫁の恒子が「なんとかならないか」と
見かねて相談するが、「口だすな」だった。


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姑は、昔小作だった男の家へ行けと命じた。
さすがに迷信から家を出るよう言われて、納得できるはずはなかった。


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NHKオンデマンド おしん 135~136回 試練編


ヒステリーを起こし泣いた母に竜三はおしんに謝れと説得する。
が、おしんは形だけでも謝ることを拒否し、その後を覚悟した。
人としての意地だった。




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おしん 132~134回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)3月の脱走計画は、佐和の裏切りにより頓挫。
おしんはケガをし、田倉家を去ることができなくなった。


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妊娠5か月となり、竜三にバレた。
が、これを機に2人で乗り越えようとなった。

ところがだった。
姑の清に脱走計画が知られ、「出ていけ」と言われた。
耕造の母が清に知らせたからだった。


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耕造の妹が佐和の所持品検査をした際に、おしんから預かった30円を見つけた。
激しい折檻が始まった。


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その際、耕造が疑い「売女」と言ってしまい、
佐和は白状してしまった。そして姿をくらました。


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NHKオンデマンド おしん 132~134回 試練編


全てを大五郎や清に白状し、田倉家で出産することになったが、
篤子と出産が重なり、同じ家で同時期に出産すれば片方が死ぬとの迷信で
再度、おしんは追い出されそうになった。




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おしん 129~131回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)3月の彼岸の中日の脱走計画は、
佐和の裏切りにより頓挫した。
おまけに、竜三に雄を奪われた際に、ケガをし3日間寝込むことにもなった。


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すぐに出来る仕事を要求されるも、右手が動かなった。
ひと月経ってケガは治り痛みもなくなったが、相変わらずだった。

嫁いだ篤子(竜三の妹)が度々田倉家へ戻り、
篤子の妊娠5か月目の戌の日にする「岩田帯」という安産祈願の習俗の準備で
皿を割ってしまい、姑に忌み嫌われ、おしんは再度、脱走した。


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が、今の状態では、田倉家に世話になる他なく、戻った。
台所も裁縫もできず、開墾の手伝いに出た。

ある時、佐和が善人の顔をして登場。
おしんは拒否する。

おしんに貰った東京行きの旅費を返しにきたが、
さすが、受け取らなかった。

再度、登場し、おしんの岩田帯を買ってきてくれたことで、
おしんは佐和を許した。


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舅の大五郎は、おしんを医者に連れて行った。


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NHKオンデマンド おしん 129~131回 試練編


ところがだった。医者は、「動くやろ」だった。

おしんの精神の問題ということになり、姑の清は離婚を口にした。
大五郎は、山形の実家でしばらく養生することを提案する。
竜三は優しさを示すものの中途半端だった。




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おしん 126~128回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正13年(1924)彼岸の中日、3月20日頃、
おしんは、耐えかね田倉家を脱走した。


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小作の耕造の妻佐和との約束の場所へ向かった。


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ところがどっこい、佐和は竜三にチクった。
てっきり、当面、子どもの面倒は山形から母を呼び寄せ、
おしんは髪結いで生計を立てるものだと考えていた。
私は佐和を憎んだ。


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竜三に「東京へ行くなら雄を置いていけ」と力づくで奪われる。


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帰省していた次兄の亀次郎が陸軍大尉で応急処置には慣れていた。
それから外科医を呼び薬をもらって三日寝込んだ。


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NHKオンデマンド おしん 126~128回 試練編


目を覚ますと、義母が部屋に入ってきて、
あの日、仕事を命じていたのに、どうして雑木林に行って、
大ケガをしたのか、問いただされた。

さすがに、竜三も「東京行き」は言わなかった。




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おしん 123~125回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正12年(1923)9月1日の大震災で、おしんの母のふじは、
加賀屋から物資と旅費、加代からはおしんへの現金100円を預かった。


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年が明け、ふじは加賀屋に挨拶に行った。
嘘の手紙により、おしんが幸せに暮らしていると皆が思い込んでいた。


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が、佐賀の田倉家では、正月の祝いの席からおしんは外れていた。
嫁姑に挟まれた竜三は、別の部屋で寝ることにした。

そのような中、髪結いの師匠が東京に戻って3月から仕事を再開するとの知らせがあり、
おしんは、東京暮らしを決意する。



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NHKオンデマンド おしん 123~125回 試練編

佐賀とはいえ、まだ冬の寒い中、佐和が身投げした。
幸い助けられたが、過去ある佐和にとっては死んだ方がマシだった。

おしんは、東京行きの話をし、後日、旅費も手渡した。
が、おしんに2人目の命が宿る。

離婚を決意すれば妊娠というパターンだったが、
橋田の恐ろしさに苦笑する。




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