SSブログ

その時歴史が動いた 夢は征夷大将軍 〜徳川家康・逆転の戦略〜 [歴史動画]

(2003日)1586年に秀吉の妹と結婚した後、母まで送ってきた秀吉に臣従した。
1590年の北条征伐の後、家康は転居することとなった。

本拠地の三河をはじめ今川領だった遠江・駿河、武田の甲斐と信濃の五カ国だった。
思い入れのある土地から、いきなり関八州となる。

150万石から250万の加増とはいえ、未開地で湿地帯だった。
また京都から遠かった。
が、家康は、2週間程で江戸に赴き、土木工事にとりかかって江戸を整備した。

92年に鎌倉の鶴岡八幡宮の造営を秀吉に命じられたが、
その際に、源氏を名乗った。85年に秀吉は信長没後3年で関白となっていた。
又、91年に秀吉の男児の鶴松が他界する。
ポスト秀吉を大きく意識した瞬間だったのでしょう。

1592年と97年の両朝鮮出兵に家康は参加しなかった。
これが、後の兵力の温存となる。

1600年の「関ヶ原」勝利の後、種々の働きかけを行い、
源氏という血筋であることを紙に記し、征夷大将軍となった。

面従腹背人生の結晶だったのでしょう。


徳川家康 / 征夷大将軍 就任 / その時歴史が動いた 投稿者 byzantinedeslergreatbasileus
コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。