家康の駿府城跡から“因縁”秀吉の天守台が出土、金箔瓦約330点も【産経news】
【産経news】家康の駿府城跡から“因縁”秀吉の天守台が出土、金箔瓦約330点も
駿府は16世紀に今川領から武田領となり、
1582年に織田徳川連合軍で武田を滅ぼした後、家康が浜松城から拠点を移したそうだ。
そして天正13年(1585)に家康が駿府城をリニューアルしたようだ。
次に、天正18年(1590)に秀吉系の中村一に移ったようだ。
この中村時代の増改築で秀吉の支援があったとのことだ。
それが、再び、家康に戻ることとなった。
記事のタイトルで、家康の秀吉ゆかりのモノを使って権勢を見せつけるためかと思いましたが、そういう悪趣味は美意識に反するのでしょう。
2018-10-17 00:00
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