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太平記 第4回  帝 ご謀反 [太平記]

(1991日)

元亨(げんこう)4年9月19日(1324)
六波羅軍3000は名だたる者たちを京都で襲撃した。

土岐頼兼たちの倒幕計画が露見、正中の変となった。
頼兼は自害。日野俊基は佐々木道誉宅に逃げ込み、隠れることに成功。


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足利高氏は日野と会っているところを見られ、六波羅探題で詮議を受けた。


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後醍醐天皇が首謀者だったが、幕府には知らないこととした。


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花夜叉一座の石は、日野俊基に別の隠れ家へ案内するよう
花夜叉から指示されていたが、日野が拒否。捕まることを選んだ。
その直前、自分の短刀を楠木正成に渡して欲しいと石に託した。


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(長崎円喜、長崎高資、金沢貞顕)

高氏は六波羅探題の詮議にはシラを切り助かったが、侍所に捕まった。
その指示は長崎円喜だった。
第14代執権北条高時の内管領で実質の最高権力者だった。

高時に足利家が兵を増やしていた理由を問いただす機会だと説明した。
高時が14で執権となり、頭脳となったのが円喜だった。


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TSUTAYA 太平記 完全版 

牢の中で寝るしかなかった。



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