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母をたずねて三千里  52話  (完)

(1976日)

とうとう終わりました。

アンナを手術した医者のロドリゲスが受け取らなかった。
手術日だけでなく何度も往復していたのにもかかわらずだった。
マルコの存在が母を回復させたのだとし、また、マルコの父の仕事への敬意とマルコが医者になってアルゼンチンへ来るということへの投資でもあるとした。
アンナと同様、感激でした。

コルドバで汽車からパブロとファナの見送りを受けるのも胸が熱くなる。
ロサリオでの「イタリアの星」という店でカンパを得たが、
そ..
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母をたずねて三千里  51話

(1976日)

メキーネスさんの工場で自宅を教えてもらい、マルコは向かった。
左足を傷めていたが、母さんが病気と知り、無理して走った。

途中、川を見つけたので、一息ついたが、その間にメキーネスさんが通った。
声をかけたが、崖から滑り落ち間に合わなかった。
ここまで来て、まだ手の込んだことをするのかと脱帽する。

マルコは歩くも、その間、母さんは危なかった。
ジェノバとの手紙が途絶えたことで、病気や死を連想し衰弱した。

メレッリおじさんがアンナの仕..
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母をたずねて三千里  50話

(1976日)


雪の中を倒れ眠ってしまったが、目を覚ますことができた。
そして、これまで多くの人に助けられトゥクマンに着くことができた。

メキーネスさんの砂糖工場を訪ねたが、母さんが病気だと知る。
足をケガしていたが走って向かうマルコだった。

予告では、どうやら次回に会えるようだ。
ということは最終回の第52話で2人でジェノバへ帰って4人家族の再会となるのでしょう。
覚えてませんが、手術は成功するに決まっているはずで、
まさか、手術は無理でトゥ..
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母をたずねて三千里  49話

(1976日)

朝、泊めてもらった民家を出発して、トゥクマンへ向かう。
が、靴底が破れ、ハンカチを切って補強するも、しばらくして外れてしまう。
それでも歩き続けるが、石に当たり、足の親指の爪がムけてしまう。
これは痛いのです。

私は小学5年か6年の時、学校の廊下の窓を勢いよく閉めた際、
自分の手の指を挟んでしまい、どの指だったか爪がはがれてしまった。

私の自業自得だったが、恥ずかしいので側にいたクラスメートの責任にしようとした。
が、どちらが嘘をつ..
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母をたずねて三千里  48話

(1976日)

トゥクマン行きの汽車賃をファナの医者代に使い、無賃乗車。
が、途中で見つかって追い出され、牛車隊で病気となる。
幸いロバを貰ったが、とうとう死んでしまった。
急かした自分を責めるが、それが寿命だったのでしょう。
埋めてやることもできず、花で弔った。
それが小さなマルコの最善ならば、それが正解だった。


第48話 ロバよ死なないで
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母をたずねて三千里  47話

(1976日)


牛車で川を渡るシーンがあるが、少し前まで大変な時代だったのだと再認識でした。
マルコと別れるにあたり、頭領がロバをやるが、感動でした。
ランプを磨いたり、水を汲んだりと働いたことも大きかったのでしょう。


第47話 あの山の麓にかあさんが
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母をたずねて三千里  46話

(1976日)

動物虐待がはじまった。かわいらしいサルだとはいえ、
皆がかわいがってくれるとは限らなかった。
誰しも残酷を楽しむ一面もあるのやもしれませんが、
精神衛生上よろしくないので、
真なること、善なること、美なることに興味関心を向けたいものです。


第46話 牛車の旅
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母をたずねて三千里  45話

(1976日)

パブロははじめから自分が犠牲になるために乗り込んだ。
殴られる友人と別れて、これで無事にトゥクマンに着くかと思いきや、
アメデオの徘徊で見つかり、追い出されてしまった。
ファナを救うことで無賃乗車が許される訳ではなかった。
甘くはなかった。


第45話 はるかな北へ
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母をたずねて三千里  44話

(1976日)

ファナを救うため、マルコは医者を呼びにいった。
地名で医者が来ないとマルコは学び、汽車賃を流用した。
そして無賃乗車を選択した。
学校教育的には働いて汽車賃を稼ぐという選択が正しいのでしょう。
神さま的には、「よくやった」と黙認してくださるのでしょう。


第44話 ファナをたすけたい
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母をたずねて三千里  43話

(1976日)

道案内をして貰ったお金で飴玉を買ってあげた。
人形を捨てた償いでもあったが、なかなかできることではない。

予告でメキーネスさんのいとこから汽車賃を貰うが、
おそらく咳込むパブロの妹に使うのでしょう。


第43話 この街のどこかに
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母をたずねて三千里  42話

(1976日)

おそらく、パブロはケチュア人の少年で、インカ帝国を興した民族のようだ。
アルマジロは哺乳類だが固い甲羅があり銃弾を跳ね返し人間がケガをすることもあるようだ。

食用になり、甲羅の方は楽器に使えるそうだ。


第42話 新しい友達パブロ
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母をたずねて三千里  41話

(1976日)

汽車に乗るシーンから、子連れの母、ひよこ販売の男性、
どう見ても怖い男3人。

ほのぼのとした汽車の旅を終え、一転、母の仕事先で誰もでてくれない。

週1の放送で1年間なら52回として、今回は調整する回だったのでしょう。


第41話 かあさんと帰れたら…
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母をたずねて三千里  40話

(1976日)


覚えていないので、どうなることか心配しましたが、
フェデリコ爺さんと再会し、同胞の援助を得ることができた。
感動シーンでした。

乞食するならイタリアでしろ、という言葉で周囲全員が嘲笑しているように見えてしまう。
爺さんがいなければ、どうなったか分かりません。
怖いものです。


第40話 かがやくイタリアの星一つ
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母をたずねて三千里  39話

(1976日)

船長はマルコが同郷だと知り態度が一変した。
そしてマルコのためマリオを説得してロサリオを目指した。
視聴する子どもにとっては、世の中、親切な人もいると安心できる。

但し、同郷ならば、というメッセージだった。


第39話 ばら色のよあけロサリオ
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母をたずねて三千里  38話

(1976日)

フォスコも妻のルイザも偉かった。
マルコがバケツを失おうが、アメデオにテーブルクロスを汚されようが、
全く気にせず、餞別を渡した。
むろん、イタリアの少年だからではあったろうが、
愛ある態度が素晴らしい。


第38話 かあさんだってつらいのに
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母をたずねて三千里  37話

(1976日)

母の誕生日に、父と兄も同じ花を買ってきた思い出の後、
ブエノスアイレスへ向かう汽車の窓から外を眺める。
主題歌「草原のマルコ」の2番が流れる。

その後、母がコルドバへ行ったことを知り、ジェノバ料理店の店長にファドバーニさんの事務所に連れて行ってもらったが、そこで真実を知りショックを受ける。

店長は励ますが落ち込み続ける。店長が偉いのはそれでも励まし続けた。
そしてマルコはそんな店長に「ごめんなさい」と謝る。


第37話 はて..
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母をたずねて三千里  36話

(1976日)

スペイン人と偽っていたが、口利き屋に正直に話すことになり、
3か月分借りたかったが、1月分で1年間鉱山で働くことになった。

大人の都合でマルコはブエノスアイレスまでの汽車賃は貰って行くことができた。
母の送金分に満たない額だろうが、マルコはエステロンに感謝する。

目の前の親切な人が実は・・・、最低な話でした。


第36話 さようならバイアブランカ
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母をたずねて三千里  35話

(1976日)

浮浪者のエステロンが電車で寝て追い出されたり、
この町の嫌われ者らしいが、金はあった。
マルコの母の「アンナによろしく」と言っていることもあり、
メレッリおじさんということでしょう。

マルコがまだジェノバにいた時、母からの手紙が来なくなったり、
11話で2か月分100リラ抜き取られていたことがあった。

単身で出稼ぎに来て家族に送金する金を頂く神経というのは、
人間の良心を捨てているが、マルコに出会って、良心が痛んだということなのでし..
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母をたずねて三千里  34話

(1976日)

仕事を探しに行くのに、アメデオを置いてきたのは偉かった。
母の死を考えてしまった以上、不安定になっても仕方なかった。
まして、ペッピーノの芝居のネタで母が殺されるのも
牧場の時は余裕があったが、そうはいかなくなった。


第34話 ジェノバに帰りたい
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母をたずねて三千里  33話

(1976日)

モレッティはマルコに母の死を匂わせた。心ないですね。
人が自分の家族を探している時、他者は生きているという前提に立つのが当然でしょう。横田めぐみさんが既に死んでいると言い張った者がいた。
モレッティーは直ぐに反省したが、酷い話だ。

以前、マルコがおしんよりも恵まれていると書いたが、比較するものではありません。
ドラマとアニメの主人公なのでかまいませんが、現実の話なら、これも口にすべきはないでしょう。


第33話 かあさんがいない
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母をたずねて三千里  32話

(1976日)

バイアブランカでマルコが母親と再会できるという前提で、
マルコはジェノバに帰るのでもうすぐお別れということにしているが、
マルコとブエノスアイレスへ戻り、そこで別れることもできるでしょう。
イタリア人が集まっていたポーカの町もあり、そちらの方が稼げるはずだが、
フィオリーナとジュリエッタをバイアブランカへ置くというのは信じられません。


第32話 さようならといえたら
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母をたずねて三千里  31話

(1976日)

怖かったですね。
が、ピューマを恐れる必要はなかった。
ペッピーノは自分が追い払ったと言ったが、
吹かない方がいいですね。


第31話 ながい夜
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母をたずねて三千里  30話

(1976日)

一晩泊めて、5人に食事を提供。ギターを弾いてやって、馬車の修理もする。
そして請求せず、困った時に来てくれて助けてくれた。
かっこよすぎです。

もう一人のガウチョは、ペッピーノが銃を捨てても、やめようとしなかった。
9条の精神を伝えるべきだ。


第30話 老ガウチョ カルロス
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母をたずねて三千里  29話

(1976日)

車輪を外したことで大変なことになった。
木で作って、片方だけなので、それほど重たくはないと思うのですが、
馬車で20日間の旅は簡単ではなかった。
まだゴム製のタイヤが使われてないようで、衝撃もきつかった。


第29話 雪がふる
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母をたずねて三千里  28話

(1976日)

牧場主は父親の方だったようで、蛮族を皆殺しにした武勇伝を語った。
実際は彼らの土地だったが、後から奪って追い出したのが実態かもしれません。

その話を聞いて、わずか数時間で人形を作って練習して本番に臨み、
ましてや最後に話を変えて母を殺すということをペッピーノはやってのけた。

そしてコンチエッタの願いを聞き言れ、翌朝に去ることにし、
馬を買い替えて早くバイアブランカに行くことをマルコとフィオリーナに伝えた。


第28話 バルボー..
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母をたずねて三千里  27話

(1976日)

フィオリーナが泣いたのは、マルコの母を勝手に病気にして目を見えなくしたことの罪悪感かと思いましたが、マルコは不快にならず逆に彼女たちのお母さんのことだとし、
自分のことばかり考えていたと謝った。


第27話 フィオリーナの涙
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母をたずねて三千里  26話

(1976日)

300人を抱える牧場主が登場する。
ああいうキザな挨拶は私には似合わない。
練習しようとも思わない。


第26話 草原へ
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母をたずねて三千里  25話

(1976日)


最後に鍛冶屋への代金をフォスコに預けた。
自己中野郎かと思ったが、情はあった。

大人向けアニメだったなら、アメデオを利用するために、
仕方なくマルコを連れていくことにするが、
鍛冶屋のことは忘れてしまう。
フォスコも折半ではなく、7割は取っているのでしょう。



第25話 ペッピーノ一座大あたり
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母をたずねて三千里  24話

(1976日)

移民局へ行き、ボーカの町へ行く。
毎回、毎回、新しい場所となり、背景が大変なのでしょう。

家と学校で済むアニメとは異なり、使いまわしができない。

感動の再会でした。


第24話 待っててくれたフィオリーナ
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母をたずねて三千里  23話

(1976日)

マルコは11歳だったが、目の前の病人のために嘘をついた。
天性の役者だった。

所持金を全て盗まれたことで悪に飲まれれば、
「母さん、俺だよ」と稼ぐこともできた。

だが、シスターが与えた食事と衣服、少しのお礼により、
少年は試練の中を希望をもって歩くことが可能となった。

実に素晴らしい回でしたが、
信仰なく作っているとしたら、これもまた見事な話です。


第23話 もうひとりのおかあさん
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母をたずねて三千里  22話

(1976日)

鬼畜ですね。外国から来た子どもの両替している姿を見て、全財産を奪った。

私が10代前半の頃、天王寺の駅で「落としたので、お金貸してくれないか」と知らない男性に声をかけられ、1000円と送り先の紙を渡したことがあったが、
返してくれなかった。
これはショックでしたが、軽傷で済み、勉強になったとも言える。


作画監督補佐に奥山玲子さんの名前があった。
wikiによれば、登場人物の多さとマルコの悲惨な状況に小田部さんが参ってしまって要請され..
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母をたずねて三千里  21話

(1976日)

また出鱈目なサブタイトルをつけた。
「マルコの悪夢」でいいでしょう。


第21話 ラプラタ川は銀の川
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母をたずねて三千里  20話

(1976日)

爺さん活躍の回でした。
パニック寸前の事態に、騒いだところでどうにもならないと、
船乗りだったと偽って鎮める。そして扉を閉めさせる。
そうできることではないですね。


第20話 おおあらしの夜
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母をたずねて三千里  19話

(1976日)

無駄に回想シーンが多いのと、とってつけたタイトルでした。
毎週の放送に制作が間に合わないことによる使いまわしでしょう。
タイトルは、高畑は「船内の食糧事情」としたかったが、
宮崎が反対して、意味不明に綺麗にしたのやもしれません。



第19話 かがやく南十字星
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母をたずねて三千里  18話

(1976日)


アメデオ効果の回でした。
話としては、予定していた貨物船が修理で10日遅れるが、
3日後にはフォルゴーレ号が出航するので、現地で待つか
別の船を探すかとなり、コック長が見つけてくて乗ることになる。

が、アメデオが見つからないので必死に探し、
10日現地で待つか、アメデオを預けるかとなるが、
結局見つかり、移民船にギリギリで移ることとなる。
が、ここまで来て、アメデオがボートに乗らずに置いてきぼりかと思わせるや、
あり得ないジャンプ..
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母をたずねて三千里  17話

(1976日)

男性の女装で母親と思い込むなどあり得ないでしょう。
赤道まつりでマルコを驚かすネタを考えたが、
お化けと母親以外に、私も何も思い浮かばないですね。


第17話 赤道まつり
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母をたずねて三千里  16話

(1976日)


マルコの服をゴミ箱に捨てるのは考えにくい。
手で洗うシーンを入れ、最後に「花」にするために捨てられた。
子どもなら感動すると思ったのでしょう。


第16話 ちいさなコック長
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母をたずねて三千里  15話

(1976日)


親もとうとう同意した。
口だけでなく、密航まで企み、バレてもしつこかったからだった。

気持ちよく認めた父も偉かったが、コック長も偉かった。

マルコの見せたフライパンでの手さばきが良かったことも大きいのでしょう。

動機や熱意だけでなく、芸は身を助ける、ということでもあった。



第15話 すすめフォルゴーレ号
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母をたずねて三千里  14話

(1976日)

映画『ロッキー』も1976年公開で、フォルゴーレ号の船員のロッキーの由来かと思ったが、アメリカで11月21日公開で、今回の第14話は4月4日放送だった。

連れて行かないと決めたアメデオが独断でマルコを尾行し乗船に成功する。
船員の気配で身を隠したマルコだったが、アメデオも隠れる。
この間合いが見事でしたね。


第14話 マルコの決意
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母をたずねて三千里  13話

(1976日)

不況ともなれば、子どもすら騙す輩も増加する。

最後、見送りには間に合った。
アメデオをペッピーノ一座に預かってもらおうとするが、
戻ろうとして海に落ち、泳いで助かるという話は
そのセンスが素晴らしいと感動でした。



第13話 さよならフィオリーナ
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母をたずねて三千里  12話

(1976日)


エミリオは折半ではなく全額を渡そうとした。
利息が狙いではなかった。友情だった。

wikiによると「飛行船」という日本語は1914年に使われ出したそうだが、
飛行船を見る人を対象にアイスクリームを売ることにした。

立派ではあった。



第12話 ひこう船のとぶ日
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母をたずねて三千里  11話

(1976日)

1月に一度の定期船で手紙が数回来なかったことで当然に病気と疑う。
母からのやっとの手紙で心配いらないとのことだったが、
2か月分100リラ抜き取られていた。

80リラで年収分と第8話で言っていたが、
それだけアルゼンチンの経済が豊かだったのでしょう。

送金手段が手紙しか無かったのでしょうかね。


第11話 おかあさんの手紙
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母をたずねて三千里  10話

(1976日)

風邪の治りかけに無理して働くことによりより悪化する。
愚かではあるが、生活のためであり、どうしようもない。

医者の努力も経済が良くなければ報われない。

と、無料で診てあげたロンバルディーニさんが言う。

立派だが、彼を連れて来たマルコが鞄を持ち続けたのも偉かった。




第10話 かあさんのブエノスアイレス
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母をたずねて三千里  9話

(1976日)

父さんの診療所に入ると、急患だった。
小さな娘が、「お母ちゃん」と叫ぶ。
何故、「ママ」ではないのか、不自然を承知でやっている。

子どもと一緒に見ている母親へのウケ狙いだったのでしょう。

マルコも父親の仕事を初めて知り泣いたが、
医療という立派な仕事を今まで母さんからも説明すらしなかったのか、
あり得ないでしょう。


第9話 ごめんなさいおとうさん
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母をたずねて三千里  8話

(1976日)


アメディオが活躍し、マルコのアルゼンチン行きの話となった。
が、父さんはペッピーノさんを信用できないと言った。

80リラの片道の船賃が年収分なのにタダで行ける話は考えられない。
子どもを親の了解を得ずに連れまわす。

ダイス船長もそうだったが、ああいう話し方は苦手ですね。



第8話 ゆかいなペッピーノ一座
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母をたずねて三千里  7話

(1976日)

実際に確認せずに場所と家賃で転居先を決めた。
バイト先に引越日に休むと言ってなかったため、
忙しそうな事業主に断れず仕事をすることになる。
おしんと比べれば恵まれてはいる。


第7話 屋根の上の小さな海
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母をたずねて三千里  6話

(1976日)

初任給で、事業主から「驚いたろう」と言われ、
不満を表さず喜んだ。
出せば、「なら、やめてもいいんだぞ」と言われるだけだった。

一方、アルゼンチンではストライキがあり母の手紙が来なかったとされた。

父の医療を貧しい人たちにも提供するというミッションも、先立つものが必要だった。

当時の町の人々の生活を子供向けアニメで表現していた。



第6話 マルコの月給日
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母をたずねて三千里  5話

(1976日)


1880年頃のイタリアの不況が他人事ではなくなった。
マルコは強かった。
学校が終わって仕事をする。
クタクタで眠ってしまう。

それでもブツクサ言わずに続ける小学生が、いた。
21世紀日本で、そういう経済にするのは罪ですね。


第5話 なかよしエミリオ
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母をたずねて三千里  4話

(1976日)

マルコは人から父を侮辱され嫌いになったが、
父の借金の理由を知らなかったので真に受けた。

親の不完全に不満を抱くのは、完全を求めてしまう未熟な段階なのでしょう。
不況で母が出稼ぎに行き、迎えにいくために自分も働こうとする。
当時のイタリアでは珍しくもなかったのでしょう。


第4話 おとうさんなんか大きらい
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母をたずねて三千里  3話

(1976日)

日曜の朝、教会に行く。神父や牧師は登場しない。
教会から出ると、ジーナおばさんから配達の仕事を頼まれる。

父と兄の3人で海に行く予定だったが、断らない。
安息日だとは言わない。
過酷な労働でなく勉学に差し支えなければ、
子どもに仕事をさせてくれるのは、ありがたい。


第3話 日曜日の港町
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母をたずねて三千里 2話

(1976日)

1882年頃のイタリアの街並み、食生活、文化、などよく描いたものだと感心します。
脚本が深沢一夫で中学を2年で中退したそうだ。
原作小説に書いてあるのでしょうが、それでも絵にするというのは、
演出の高畑が主導したのか、私には役割の詳細が分かりませんが、
改めて視聴すると、子どもの頃とは違ったところに関心がいってしまいます。


第2話 ジェノバの少年マルコ
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母をたずねて三千里  1話

(1976日)

再放送を歯抜けで見ていた。最終回は見たが、第1話は見ていない。
コンプリートしたくなりました。

母が出稼ぎに行く理由が父の借金のためだった。
母は父のしたいことに理解を示していたが、それは明らかにされなかった。

アルゼンチン行きの前日にピクニックを楽しむが、
マルコにはまだ伝えていない。

兄が短気だった。



第1話 いかないでおかあさん
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